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勝負脳! [メンヘル]

本日の「クローズアップ現代」(NHK総合)で、脳についての話題を取り上げていました。

メインテーマはトップアスリートの脳トレについてだったのですが、私のような凡人にも参考になる話がありました。

重要な場面で能力を最大限発揮するには、脳(前頭葉)がリラックスした状態でないといけない。

まあ、それ自体はものすごく新しい話でもないかもしれませんが、ふと考えさせられました。

私って、ささいなことで緊張状態になりやすくて、そういうのがすっかり癖になっているのかもしれない。
それでいつも筋肉も緊張状態。

何かを達成しようとか思う前に、リラックスする習慣を身に付けなくては!

でもそれって、ただぼーっとしてるだけで良いわけでもない気がします。
呼吸法とか、瞑想的なものかな。
そういうことをなんとなくやるのではなく、そのための時間を取ってちゃんとやるべきなのかもしれないなあ、と、しみじみ思いました。
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もうちょっとやる気を出したい [メンヘル]

うーん、体調が戻っても、気力が今ひとつなんですよね~(-_-;)
昨日は、植物の世話と掃除、洗濯でほぼ電池切れ。
まあでも、一番無気力状態の時に比べたらましになってるのかもしれないですが。
食事もちゃんと作って食べているし。

願わくば、腰をすえてじっくり取り組むことにも積極的になれるようにしたいのですよね。
今は、読書といってもせいぜい拾い読み、あとはもっぱら旅行ガイドブックとか時刻表眺める程度(^^ゞ

ただ、去年から園芸始めたのは正解だったな、と思います。
特に今年は去年に比べて種類も増えたし、まあ残念ながら上手く育たなくてダメになってしまったのもあるけれど、丈夫な植物は最低限の世話でどんどん花が咲くので張り合いになります。

やっぱり、いきなり完璧を求めても無理ですね。
今出来ることをコツコツやってればいいのかな・・・。
ついつい焦って、何か仕事に直結することをしなくては、とか思ってしまうんですけどね。

気持ちだけ焦ってもたぶん上手く行かないから、ちょっとずつ頑張るようにします。
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脳力アップしましょ! [メンヘル]

また新たにブログパーツを拾ってきました。
手軽に「アハ!体験」できるというもの。
右ペインの下のほうにあります。
お時間ある方、よかったら遊んでってください。

毎日やるうちに、突然天才になるかも[ひらめき][ひらめき][ひらめき]

<ネタ元リンク>
アハ!ピクチャー
※「アハ!ピクチャーメーカー」(手持ちの画像を「アハ!体験」用に変換、公開できる)もあるよん[るんるん]

<おまけ>
このところ凹み気味だったので、甘いものでどうにか気分転換してました。
DSCN9478.jpg
※スーパーで半額[手(チョキ)]
・・・どっちかっていうと、にゃんこ柄のお皿を自慢したいかも[かわいい]
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今回の診察(9/12) [メンヘル]

2ヶ月に1回ぐらい、簡単な心理テスト(?)みたいなのをしてるのですが、前回の2回目のときは最初よりも少しよい成績だったのに、今回は最初の点数に戻ってしまいました(-_-;)

ま、このテスト自体、私はあんまり参考にならないと思って、細部についてはさほど気にしてないのですが、体調が改善しても、倦怠感やおっくうな感じというのは相変わらずなので、今回の結果にはそれなりに納得って感じです。
納得してるだけじゃダメなんですけど。
改めて、お医者さんに「自分の状態についての自覚が足りない」ということで、再度「冬眠」を命じられました。
ま、このお医者さん、何事もわざと大袈裟に言うクセがあるようです。
というか、そういう方法で私にわからせようとしてる、っていうか。
それで最初はとんでもない頑固親父だ、と思っていたのですが、最近はだいぶざっくばらんに話ができるようになってきて、私の状態が平行線なことについても、口では厳しいことをいいつつ、根気良く向き合ってくださっている、ということを感じるようになりました。
それで、以前だったら聞けなかった質問をおそるおそるしてみました。
「先生が診ている患者さんの中で、私は理解が遅い方ですか?」
先生の答え「まあそうだね。個人差あるけど、一度気付いたらみるみるうちに良くなる人もいるし。でもあなた、時間は掛かってるけど、根気はあるよね」
と、いうと??
「あなたみたいなタイプの人はもっと早い段階で脱落(病院に来なくなる)することの方が多いからね」
うーん、褒められてるのか、けなされてるのか、よくわからないけど、一応褒められたのかな?
いや正直、他へ行くべきか、と考えたこともありましたが、冷静に考えて、通える範囲のところに他にまともな医者がいるかどうかわからないし、それを探すエネルギーもとてもなかったし、都内の予約待ち状態のところにとりあえず予約入れといて、自分の番になり次第転院する、というのも有り得たのですが、今のお医者さん、厳しいことを言ったり、言ってることの意図がわかりづらいといったことはあるけれど、こちらが正直にわからない、と言うと、めんどくさがらずに説明してくれるし、今回も、「ほんとはそういうことは人に聞くんじゃなくて、自分で考えることだ」と言いながら、私がまだああだ、こうだ、としゃべってたら、私が自分で「確かにこういう話はきりがないですね」と自ら話に一区切り付くまでつきあってくれました。
都内の著名な医師がいる病院とかだと、運良く診察までこぎつけても、患者が多すぎて診察ももっと事務的になってしまうかもしれないし、最初はしぶしぶだったけど、今のところに半年通い続けてよかったと今は思っています。
通院も2週間に1度で良くなったから、ありがたいことに交通費の負担も幾分減りましたし。


今回の処方

パキシル 40mg/day (夕食後)
ノイロトロピン 4単位 1日4回 x 2錠
ドラール 20mg/day(就寝前、1錠)
ツムラ抑肝散加陳皮半夏 1日3回 x 2.5g
トレドミン 25mg 1日2回(朝食後、夕食後)

前回から処方されたトレドミン、量が増えちゃいました。
ま、このお医者さん的な言い方をすれば、ほとんどガス欠の車を、それと気付かず運転しようとしているのだから、とりあえず燃料補給するしかない、ということみたいです。
で、「冬眠」については、その必要性を理解するのが未だに難しい私ですが、少なくとも、その日にやろうとしてたことが結局できなくてへこむ、みたいなことに無駄なエネルギーを使うことはやめて、できないときはおとなしく過す日、とあっさり降参(納得)して、考え方や物事の捉え方をコントロールしながら過すことにしようと思います。

で、私は記事の内容がいつもダラダラと長くなりがちで、自分も疲れるけど、読んでくれる人もめんどくさいだろうな、とか思ったりしつつ、ついついそういうスタイルになってしまいます。
でも今後はなるべく省エネモード(笑)で更新することにして、こないだみたいに1ヶ月もブランクが開く、みたいのは避けたいと思います。
私は何事も極端になりがちなので、そのあたりを留意しつつ・・・。

ちなみに、今回の記事のカテゴリーはあえて「メンヘル」にしました。
事実上やってる治療はそっちの方なので。
もちろん体のケアのことなど、書くことはあると思うので、筋痛症の話題も触れていくと思います。

ところで昨日は「中秋の名月」でしたね。
うちのベランダからは、たまに雲の切れ間から鑑賞できる、という感じでした。
で、強引なのですが、最近こんなアロマライトを購入しました

DSCN7858.jpg

まるでまんまるのお月様のよう。
そして、そこではにゃんこが夜空を眺めています。
リラックス系の精油を数種類、上部のお皿に数滴垂らして芳香浴。
ここ数年はお香にハマってましたが、精油はよりリラックス効果が高いですね。
種類によっては、気付いていなかった身体の緊張感まで取れていく感じがします。
今後、強力な助っ人になってくれそうです。
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境界性人格障害の診断基準(DSM-IV) [メンヘル]

対人関係や自己象、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式(全般的なその人の生き方)で、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち五つ(またはそれ以上)で示される。

1.現実に、または想像のなかで見捨てられることを避けようとする常軌を逸した努力。
2.理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係のあり方。
3.同一性障害---著明で持続的な不安定な自己象または自己感。
4.自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも二つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い)。
5.自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し。
6.些細な、取るに足らない出来事によって気分が変動し、感情は不安定となり、喜怒哀楽が目まぐるしく移ろい行く(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな、エピソード的---断続的、短時間に起こる強い不快気分、イライラ、または不安)。
7.慢性的な空虚感。
8.不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す)。
9.一過性ではあるが、何らかのストレスが原因で、現実とかけ離れた被害感や自己関係付けが生じたり、また記憶や意識が途切れたり、失われたりすること。
-----------

これのいくつかに私はあてはまるかもしれません、と言ったらどんだけめちゃくちゃな奴なんだ、と思い切り嫌われそうですね(笑)
私自身も正直できれば認めたくないのですが。
しかし、こういう定義の客観的な是非は別として、私が今向き合うべき問題のヒントが何かしらありそうです。
とりあえず、そういう捕らえ方をしておくことにします。


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もしかして「境界性人格障害」?? [メンヘル]

だいぶ古い本(1991年発行)なのですが、自分の心の問題を解く鍵のひとつとして非常に参考になりそうな解説を見つけたので、それを記しておこうと思います。

「心理学なるほど事典」(榎本博明 監修)

この本の「境界例(ボーダーラインケース)」の解説を読んで、自分の状態が非常によく説明されていると思いました。
まず、基本的な定義の説明を要約します:

神経症=
心理的な葛藤やストレス、劣等感などが原因で起こる心の病気。現実感覚は失われず、現実は現実、空想は空想という自覚がある。

精神病=
心理的な要因は明らかではなく、当人は自分が病気であるという認識を欠いている。

一応このような区別(定義)があるものの、現代社会ではその違いを明確にできない症状が増えている。すなわち、一方でうつ病の軽症化(例えば仮面うつ=うつ病特有の症状は明確でない代わりに、うつ症状の仮面として身体症状が前面に出る)があり、なおかつ精神分裂病(今でいう「統合失調症」)の軽症化もあり、神経症と精神病の区別(境界)を見分けることが難しくなっている。そのような症状を、「境界例」と呼ぶ。

その先の解説は、そのまま引用します:

境界例のひとびとは、一見まったく正常で、それどころか社会人としての能力や評価も高いのに、ある局面では精神病のような問題行動を起こすのが特徴です。ときどき不安や憂うつ、また妄想などが起こることもあり、精神病を思わせますが、これが短期間でもとにもどってしまいます。だから、おかしいということは身近なひとでなければ分かりません。
境界例は主に青年期後期の病気で、学生の無気力症や女性に多い拒食症などのなかに境界例のものがあります。しかし、青年期の問題がそのまま持ち越されて、中年期に境界例のような症状をみせるケースも少なくないようです。
境界例の人々の人格特徴は、「かのごとき人格(アズ・イフ・パーソナリティ)」という、外見と内面が異なる(みぽぽ注:他人に見せている作られた自己イメージと本来の自己イメージとの落差のことを言ってるんでしょうね)ゆがんだ人格のタイプであるといわれています。一見、状況に適応した言動を示すかのように見えますが、実は他者との心の通いあいをもちません。情緒的に安定した関係を発展させることができず、表面だけで順応したような関係に終始する人格ということです。
(引用おわり)

実は、以前「境界例」と呼ばれていた症状を現在では「人格障害」と呼び、さらにそれが細かく定義されています。現在の定義に慣れてしまった眼で見ると、だいぶ古くさいかな、と思われる言い回しが見受けられるかもしれません。まあなにしろ20年近く前に書かれたものですしね。しかし、上記の非常にコンサイスな説明が私にとっては結構「言い得て妙」と感じます。定義が細分化されたということは、一見親切でわかりやすいように思いがちなのですが、その分、「何が何でもこれらのうちのどれかに当てはまるはずだ」という思い込みが生じやすくなるような気がするのです(あえて大袈裟に言えば)。つまり、ケース・バイ・ケースの臨機応変な診断と治療が難しくなるのではないかと思います。

私個人の問題に限ってみた場合、改めて思うのは、自分は「回避性人格障害」に当てはまるのではないか、と暫定的に設定してみたものの、実は、できれば「境界性人格障害」には分類されたくないなあ、という願望が、ちょっぴり、いやかなりあったため、消去法で判断したら「回避性人格障害」が残った、という程度のものなのです。

しかし実際は、私はもともと「境界性人格障害」の要素が強くあり、そのなかでも特に人との関わりの問題を最も強く自覚しています。それを主観的に分類すると「回避性・・・」ってことになるのかな、と一応納得してみたまで、ということに過ぎないと、ちょっとわかってきました。

「境界性人格障害」の定義は、以前は非常に受け入れにくい、と感じたのですが、改めて新しい視点で見てみると、いやいやながら受け入れざるを得ない、と思ったりします。それは、自分の心の問題が思春期における経験に根差していると考える時、向き合いたくなくてもどうしても向き合わなくては今より前には進めないだろう、と思い当たるフシが、その定義にはあるからです。

なお、単に「人格障害」と言っている場合でも、「境界性人格障害」を差していることが多いらしいです。これは、そもそも以前「境界例」と呼ばれていたものが「人格障害」と呼ばれるようになったから、とのことです。しかしながら、同じ「境界」という言葉を使ってはいるものの、現在では「神経症」と「精神病」の境界、という暫定的な、一時避難的な定義ではなく、固有の概念を持つ定義に発展したものなので、一応別のもの、ということのようです。・・・ややこしいなあ。
(参照:「人格障害かもしれない」磯部潮 著)

いや、それってつまり、「境界例」が「人格障害」になって、それを更に細分化してみました、で、そのうちのひとつが「境界性人格障害」であり、「人格障害」の中核をなすもの、っていう理解じゃだめなの???
すなわち「境界例」≒「境界性人格障害」・・・やっぱりだめ???

そんなこんなで、20年近く前に出版された本の「古くさい」解説が、意外と役に立ったりするのですね。
私の場合はとりあえず、自分のことがより良く理解できればいいだけなので(って、そんな簡単なものではないですが)。

定義を細分化し始めると、取りこぼしが生じる可能性もあると思います。
で、それをしないように更に細分化してるつもりが、永遠に網にかからないままそれでも不調や違和感を訴える人っていうのはたぶん後を経たないでしょうね。
どうやら私って、そういう「網」にかかりにくいかなり変わった人なんだろうと思います(苦笑)
だったら自分でどうにかするしかないじゃん、とか思ってしまうんですね。
そして、意外と直感に頼ってみた方が答えが見つかりやすい気がするのです。
さんざん語っておいて、結論は「直感」かよ?!
ま、世の中そんなもんです(謎)

ちなみに、現在の細分化された診断基準については、従来ならその人の個性という範囲で捉えられる程度の性格上の特徴までもを問題視してしまう懸念についての指摘があることも付記しておきます。
定義そのものの問題と、定義に関する解釈の問題と、両方考える必要がありそうです。


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回避性人格障害の判定基準(DSM-IV) [メンヘル]

社会生活が営めない、自分が他人より劣っていると感じる、自分に対する批判的な評価に過敏である、などのその人の生き方で、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち、四つ(またはそれ以上)で示される。

1.批判、否認、または拒絶に対する恐怖のために、重要な対人接触のある職業的活動を避ける。
2.好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたいと思わない。
3.恥をかかされること、または馬鹿にされることを恐れるために、親密な関係のなかでも遠慮を示す。
4.社会的な状況では、批判されること、または拒絶されることに心がとらわれている。
5.自分がその場所にいるのがそぐわないと感じられるために、新しい対人関係を築くときに身動きができない。
6.自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、または他の人より劣っていると思っている。
7.恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、個人的な危険をおかすこと、または何か新しい活動に取りかかることに、異常なほど引っ込み思案である。

DSM-IVにおける人格障害の全般的診断基準

A その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った、内的体験(心中に生起する現象)および行動の持続的様式(継続する行動のあり方)。この様式は以下の領域の二つ(またはそれ以上)に表れる。
1.認知(つまり、自己、他者、および出来事を知覚し解釈する仕方)
2.感情性(つまり、情動反応の範囲、強さ、不安定性、および適切さ)
3.対人関係機能
4.行動の制御

B その持続的様式は柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている。

C その持続的様式が、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

D その様式は安定し、長期間続いており、その始まりは少なくとも青年期または小児期早期にまでさかのぼることができる。

E その持続的様式は、他の精神疾患の表れ、またはその結果ではうまく説明されない。

F その持続的様式は、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患(例:頭部外傷)の直接的な生理学的作用によるものではない。

「人格障害かもしれない」(磯部潮 著)より引用

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私は、特別こういった定義に厳密にこだわりたいわけではありません。
そもそも、「人格障害」という定義で示される人格的な特徴のどこまでがその人の個性でどこからが問題(治療の対象)であるか、という線引きを客観的にすることは非常に難しいことです。
むしろ、自分をより良く知り問題解決のヒントを求めるべく、あえて「回避性人格障害」というキーワードを利用してやろう、という魂胆です。
定義をただ鵜呑みするのではなく、「人格障害」のなんたるかを追求することにより、自分が陥っている悪循環から抜け出す糸口を見出せないだろうか・・・そんな淡い期待を持って、自らを「回避性人格障害」であると暫定的に定義してみることにしました。

なお、いわゆる対人恐怖症や全般性不安障害などとどう区別するのか、という疑問もなきにしもあらずですが、私の場合、対人関係の問題がかなりはっきりと長年継続したものであり、そういった理由であえて人格障害の定義がより適切であろうと判断しました。

個々の判定基準項目についての私の考えや自分の問題については、また追々書いていくことにします。


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